奈良地方裁判所 昭和55年(行ウ)1号・昭54年(行ウ)2号 判決
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【説明】
本件は、兄が弟に農地を贈与したが未登記で、兄の所有名義のままであつたところ、弟はこれを電々公社に売却し代金を取得したに拘らず、兄名義で課税された譲渡所得税等を支払わずに死亡した。
兄は、その納税義務はないと主張して争つた事案である。
本判決は、権利確定主義の見地からみると、弟の権利取得は確定していないし兄に対する課税も、実質課税の原則に反するものではないと認定した。
【判旨】
一被告国は、原告が同被告に対し別紙納税債務目録(一)記載の納税債務を、被告生駒市は原告が同被告に対し同目録(二)記載の納税債務を、被告奈良県は原告が同被告に対し同目録(三)の納税債務を各負担していると主張すること、被告大阪国税局長は、昭和五〇年九月一一日別紙第二物件目録記載の各土地につき差押処分をなし、同月二二日被告国は同土地につき差押登記をなしたこと、被告生駒市長は昭和五三年一月二五日同土地につき参加差押処分をなし、被告生駒市は同年二月一日同土地につき参加差押登記をなしたこと、被告らは、本件土地が売却当時の昭和四九年五月二日、原告の所有に属するものであり、これによる譲渡所得がすべて原告に帰属していることを前提として前記各処分を行ない、また納税債権を主張しているものであること、以上の事実は当事者間に争いがない。
二然るところ、原告は、本件土地はその名義にかかわらず訴外政治の所有であり、その譲渡による経済上の効果は同訴外人に帰属し、また申告その他の課税関係上も原告は何らの関与もしておらず、却つて申告、更正請求などはいずれも原告不知の間に訴外政治が原告名義を冒用してこれを行なつたものであり、本件課税処分は実質課税原則に違反する重大・明白な瑕疵を伴う無効なものである旨主張するので、この点につき判断する。
1 前記当事者間に争いのない事実と<証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(一) 電々公社は、昭和四八年頃から生駒電話局高山機械室を設置するための用地を物色していたが、本件土地を含む一帯を買収することを決定し、右用地買収事務を担当していた下村新蔵(以下、「下村」という。)は西向きくの(以下「西向」という。)を介して本件土地の買収交渉にあたつた。
(二) 本件土地は、登記簿上は原告の所有名義となつていたが、西向は下村に対し、実質的所有者は原告の弟で稲垣建設を経営する訴外政治であるから同訴外人と交渉するよう申向けたため、下村はこれに従つて訴外政治と交渉を重ねた。その際訴外政治は、本件土地の処分は原告からまかされていると発言していた。
(三) その後、「くろんど荘」において売買価格の合意がなされたが、その際も本件土地の売却に関しては訴外政治のみが出席し、ただ、境界確定の杭打ちの際に原告が初めて立会に出向いてきた。
(四) 昭和四九年五月二日、本件土地(ただし⑤の土地はこれを分筆した一部の三一八平方メートルである。)の売買契約が原告宅で締結されたが、原告は実印を用意し、契約書の売主名下に自ら捺印したほか、印鑑証明書を下村に交付した。そして本件土地の売買代金は南都銀行生駒支店に原告名義で開設された普通預金口座へ振込まれた(右口座の実質的開設者は、売買代金の入金前後を通じ比較的巨額の金員の出入があることから、訴外政治であると認められる)。
(五) 昭和四九年分所得税の確定申告書用紙は原告方へ送られたが、原告は本件土地の譲渡所得が実質上訴外政治に帰属していたことから納税債務も同人において支払うのが当然であり、その手続も同人において行なうべきものとして右申告書用紙を訴外政治に交付し、同人の顧問税理士である山形幸一が必要事項を記載したうえ同人又は原告において右申告書の原告名下に原告の印鑑を押捺し(前記のとおり、乙第七号証は原告が納税組合に作成を委ねたものであることが認められ従つて同号証中の原告名下の印影は原告自身の真正な印影であることが明らかであるところ、乙第一号証中の原告名下の印影は右乙第七号証のそれと全く一致しているから、右印影が原告自身の押捺にかかるものか否かはともかくとして、原告の意思に基づいて押捺されていることは明らかである。)、これを奈良税務署に提出した。
(六) しかしながら、その後申告にかかる納税債務が一切納付されなかつたため、昭和五〇年四月頃、奈良税務署係官は原告方に電話を入れ、右納付方を催告した。同年五月頃、訴外政治は原告の代理と称して同税務署に出頭し(これは原告方への電話連絡後、原告から訴外政治に対し、納税催告の事実が伝えられたことによるものと認められる。)、原告本人が出頭しない理由を「口下手だから」とか「税務署に来るのをいやがつているから」などと弁明したうえ所得はすべて原告から借り受けたこと、従つて、税金は原告に代わつて訴外政治において支払うことを申入れた。
(七) しかし、その後も納付がなされなかつたため、奈良税務署長は同年六月ころ大阪国税局長に徴税引継をなした。同局係官も原告に再三電話を入れて納税方を促し又は出頭を要求したが殆んど電話口には原告の妻が出て、原告は税務署との応待を避けていた。その後原告から連絡を受けて訴外政治が同国税局へ更に電話連絡し、所得金はすべて原告から借用しているので税金もすべて自分が支払う旨前同様の申入をなした。
(八) 同年一〇月二二日、原告名義で内払として五〇〇万円が支払われ、領収書も原告に送られた。その後同年一二月一五日、仲介手数料三〇〇万円の控除もれを理由として前記譲渡所得税の更正請求が行われた(これは訴外政治が原告名義で口頭で行なつたものと推認される)。
(九) ところで右内払後の残額についてはその後も支払がなされなかつたため、税務当局及び被告生駒市長は、督促状の発送、差押又は参加差押通知等を行なつたが、これらはいずれも原告宛になされているのに、原告は、この間、自己に納税債務はないとか、真の譲渡所得の帰属者は訴外政治であるとかの異議その他一切の不服申立てをしなかつた。
(一〇) 訴外政治は昭和五三年一一月四日死亡し、同訴外人及び稲垣建設の経済状態が思わしくなかつたため、同訴外人の相続人は限定承認を行つた。原告は右訴外政治死亡後の同年一二月一六日に至り、はじめて大阪国税局等に対し、自己に所得が帰属していない等の事情を説明する申立書を提出した。
(一一) 右申立書によれば、本件土地は昭和二五年訴外政治の分家に際し贈与されたものであり(その面積は六九〇坪)、移転登記手続を経由していないのはこれを拒絶しているためであるとされている。
(一二) なお、本件土地のうち①、③、④は元来枝番のない土地であり、昭和四一年、同四八年にそれぞれ関西電力、県へ一部譲渡するために分筆されたものの残部にあたるが、右両者への譲渡代金が原告と訴外政治のいずれに渡つているかは不明である。また⑤の土地は本件売買にあたり分筆され、一部のみが電々公社へ譲渡されたが、残部は未だに原告名義のままとなつている。また本件土地の贈与については農地調整法又は農地法所定の許可又は承認等も申請されておらず、原告は単に同土地を訴外政治に引渡したに止まるもので、その後、訴外政治は木材商の経営に力を注ぎ、耕作を行なわなくなつたことから原告が現実に同土地の耕作を行なつていたものである。
以上の事実を認めることができ<る。>
2 右事実によれば、本件土地については法律上所有権移転(訴外政治の権利)を確定させるに不可欠な法定条件(農地調整法、農地法所定の許可又は承認)が具備されず、本件土地の贈与による訴外政治の権利確定は法的に未だ認められず、その所有権は原告にあると解さざるを得ない。従つて、税務当局が原告を所有者・売渡当事者として行つた本件課税処分には、処分当時何ら瑕疵がなかつたものと解し得る。ただ、少くとも原告・訴外政治間においては、その所有権が訴外政治に帰属するものとして合意され、同土地の売却代金もすべて訴外政治が取得している以上、右代金を現実に取得していない原告に対し課税を行う結果となる本件課税処分には、原告が主張するように、実質課税の原則を定めた所得税法一二条に反するのではないかとの疑問が生じないわけではない。しかし、前示認定のとおり本件確定申告を始め差押処分に至るまでの一切の手続は、訴外政治が贈与税の負担を回避するため、原告の名義で申立てられ、又は同人宛になされ、しかも、それに対し、原告は異議、不服申立の機会を与えられながら、一切異議等を述べず、予期に反して訴外政治が納税を履行しないまま死亡し、且つ、同訴外人の遺産によつてはこれを支弁することができず、結局原告において自ら負担せざるを得ない事態となるや、一転して、急拠右事実を主張し前記申立を行つたものであつてみれば、本件確定申告等の手続に原告名義を使用したのは、原告自身の意思又はその追認に基づくものと認められ、従つて本件課税処分は原告が自ら招いたものとしてこれを履行せざるを得ないことを当初から甘受すべき立場にあるものと解し得るうえ、税務当局としても、右のような事情から終始形式上も実質上も本件土地の所有者・売渡当事者は原告であるとして疑わず、原告の右申立以前においてはその申立にかかる事実を全く知ることができなかつたし、仮に充分な調査を尽したとしても、右申立事項の性質上当事者しか知り得ない事実に属し、訴外政治の死亡以前において同訴外人が売却代金を取得した実質的所得者であることが判明し得たとは到底考えられず、その点、本件課税処分に至つた税務当局側には何らの手落ちは認められないし、今更税務当局が訴外政治の相続財産に対し新たな課税処分を行つても徴税の実を挙げることも、もはや困難な状況下にある。従つて、本件課税処分は、売却代金を現実に取得していない原告に課税を行う結果となり、その限りで所得税法一二条に抵触するものと一応形式的にはいい得るが、右のような諸事情を考慮すると、その一事をもつて、税務当局側に重大且つ明白な瑕疵があつたとは認め難いし、又当該処分における内容上の瑕疵が、それを看過することが課税処分の根幹にかかわるものであるとか、不服申立期間の徒過による処分の不利益を、税務行政上の安定とその円滑な運営といつた要請を斟酌しても、なお、原告に甘受させることが著しく不当であるとかといつた課税処分が無効とされるような例外的事情が存する場合にも該当しないものと解される。
(仲江利政 山田賢 三代川俊一郎)